2週間くらい前のこと。いつも通り遅刻しそうで走りながら駅に向かっていだ朝、妙に車が混んでいておかしいなと思っていたら、駅前にはたくさんの人がたむろしていた。電車が止まっているんだとわかり、確認のために改札まであがると、人身事故で電車が止まっていて、再開は15分後だという。

人混みを避けるために下にもう一度降りると、なんだかふしぎな空気が流れている。マクドナルドに並ぶサラリーマン、新しくできた人工芝のゾーンに寝転ぶ高校生。みんなおかしなくらいくつろいでいる。日ごろめったに感じないようなゆったりとした空気。わたしもコンビニに朝ごはんを買いに向かう。

この時間、だれもが働きたくても働けないし、学校に行きたくても行けないし、働きたくなくても学校に行きたくなくても、みんな同じになる。日々の何かしなきゃ行けない時間から解き放たれて、ま、仕方ないか、とみんなが力を抜いている。(こういう状態を”エアポケットのように”と表現されそうな気がするけどエアポケットってよく考えたらなんだろう)

この空気が好きだ、と思う。ただ、誰かが死んでこの時間が現れた、ということをどう考えたらいいのかわからない。因果関係でははっきりつながってるはずの死とこの空気が、頭の中でどうしてもつながらない。

コメントを残す