無事ギター発表会が終わりました。先生が1ヶ月間、ホールの響きを楽しんで、と言い続けてくれていたので、音の響きに注意を向けると、人の目があまり気にならなくなって、程よい緊張で演奏できたと思います。起こっている現象に目を向けることで”自分”から目を逸らして緊張を和らげるというのはある種の心理療法にも通じる良いコツだと思いました。

それから、右斜め前にある、お客さんの巨大な沈黙。こんなに自分が注意を向けられているということが、怖かったものですが、どういう変化なのか、聞いてくれている、ありがたい、という気持ちになりました。あんがいこの感覚は、対話のサークルに参加する中で、誰も自分の番を遮らず話を聞いてくれている心地よさに近いものでした。安心感、とも言えるけどちょっと違って、自分が話していることや受け止められ方に対する不安は間違いなくあって、でもその綱渡りをはじめてみられるという。わたしが表現をしたりそうした場にいるのは、こういう存在に耳を澄まし合うという当たり前のようなそうでないようなことをやりたい、ということに尽きるような気もする。そして、それはクラシックな場面かどうか、形式があるかというのは、根本的にはそんなに関係ないのかもしれないと思えた。

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