犬と街灯は、いつも庄内の街とひと続きのような場所に思えます。ガラス張りで全部外が見えるからなのか、たくさんのジャンルもデザインもバラバラな本があるのが、庄内の雑然とした空気と近いからなのか。あるいはわたしが街をテーマにした展示をさせてもらったから勝手にそう思っているだけなのかもしれません。でもなんとなくやはり、店主のクリタさん、お客さん、飾ってある絵、手作りの本たちがゆるめに繋がってもつながらなくてもいいような距離感でいてくれることが、街のようだと思います。

当日は、これを目掛けて来てくれた人がひとりと、別のご用事でこられた方がお二人、それからクリタさんとおさんぽシューズが時々しゃべったり、お菓子を食べたり、リクエストに答えて歌ったり、勝手に歌ったりしました。クリタさんもウクレレで歌を披露してくれました。クリタさんの歌はどれも、ユーモラスな想像力が懐の広い優しさを生んでいるような気がします。サウンドはいい意味でこぢんまりした可愛らしい感じなんですが、力強かったです。代表曲(?)のタグワ国歌、わたしも歌えるようになりたい。

他にも、牛乳好きの人がおさんぽシューズのホットミルクの歌を聞いてくれたり、「怒りには」という歌では、わたしが歌詞を忘れていたおかげで(?)歌の途中に怒りを受け取った時や怒った時にどうするかということをそこにいた人たちに聞いて歌に織り交ぜてみたりすることができて、面白かったです。

なんでこんな形で歌の会をやりたかったのか、やった後に自分であらためてつかめた気がします。ひとつはわたしが昔から大勢の人に同時に語りかける1対多のコミュニケーション(飲み会とかも)が極端に苦手だということ。1対1とか2とか3のコミュニケーションなら、なぜその歌を歌うのか、歌をどう受け取ってくれたのかな、とかそういうやりとりの中で歌えるような気がしました。もうひとつは、歌に限らず優れた表現は良くも悪くも場を支配したり規定してしまう力があります。その力をあえて使いながら観客とのある種の合意のもとで良い場を作っていくことはとても素晴らしいものだと思いますが、それとは別の形の表現の置き方みたいなものも探ってみたいな、特におさんぽシューズでは、と思っています。一輪挿しの花が置いてあるくらいの感じで、歌もどこかに置いておきたいな、みたいな。アンビエントやBGMとも微妙に違って、愛でようと思えば愛でられるというか、、この辺は言葉にするのがまだ難しいですが。

 もう少し工夫してみられることはあったかなとか思いつつ、結構そんなことができつつあったんじゃないかと思います。こんなイベントらしからぬなんとも言えないことをやらせてもらった犬と街灯のクリタさん、受け入れてくれた来客の皆さま、ありがとうございました。具体的には決まってませんが、続けて行けたらいいなと思っています。

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